『この世界で最も間違っているもの』は何なのか

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さて、今回は哲学的な話題です。

 

皆さん、よく『間違い』という言葉を使いますよね。

それらは、「問題の解が正解でない」時や、「道徳的に人道に背いている」時など、様々な時に使われます。

 

ただ、その『間違い』にも程度の差があり、『正解』とのグレーゾーンも広いです。

 

ということで今回は、『この世界で最も間違っているもの』が一体何なのかについて、考えていきたいと思います!

 

 

問題の『誤答』は間違いなのか

『間違い』と聞いて始めに思い浮かべるのは、やはり問題の「誤答」ではないでしょうか?

「誤答」は、問題に対する「正解」以外の解答のことを言います。

 

しかし、その「正解」の判定があやふやなのです。

 

問題に欠陥がある場合は、「正解」は『正解』でなくなり、「誤答」は『正解』になる可能性もあります。

さらに、現在の科学では「誤答」だと言われる解答も、未来では研究が進み、『正解』になるかもしれません。

 

 

さらに、テレビのクイズ番組についてはどうでしょうか?

 

問題に対しては「誤答」であったとしても、それが珍解答であれば、芸人としては『大正解』と言えるはずです。

 

つまり、「何に対して正解なのか」が曖昧であるため、それが「誤答」であっても、『間違い』と断言することはできないのです。

 

 

『殺人』は間違いなのか

「最も間違っているものは何か」と問われて、挙げられやすいのが『殺人』ではないでしょうか?

 

人の人生を、その人の許可なく勝手に終わらせる行為…

善行であるはずがありません!

 

ただその行為は、『完全な間違い』と言い切れるでしょうか?

 

確かに、傍目や被害者からすれば『間違い』には変わりがありませんが、加害者からすればどうでしょう?

 

「自身の欲求に素直に従った」だけという加害者も多いはずです。

 

二度目になりますが、『殺人』が善行であるはずがありません。

『殺人』は、いかなる理由があろうと、悪に違いありません。

 

しかし、「『間違い』であるか」と問われると、そうでもありません。

 

「自分を偽ることは、間違ったことだ!」なんて言葉をよく聞きます。

加害者たちは、「生まれ持った自身の性」に従ったに過ぎないのです。

 

それは、「思いやりのある優しい人」が困っている人を助ける行為と何ら変わりません。

「ありのままの自分」に従った、加害者にとっての『正解』なのです。

 

 

一般から見れば『間違い』でも、ある一人から見れば『正解』であるこの状況…

つまり、見る人によっては、それが『間違い』であるかどうかは変わってくるのです。

 

 

まとめ ~『間違い』という言葉が一番間違っている~

結局、『間違い』かどうかの判断は、その判断基準視点によって変わります。

つまり、『完全な間違い』と断定できるものは、この世界には存在しません。

 

言い換えるならば、

状態を断言してしまう『間違い』という言葉こそ、『この世界で最も間違っているもの』なのです!

 

…と、私は考えています。

 

あなたは、『この世界で最も間違っているもの』は、何だと思いますか?

 

以上です