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人にはそれぞれ長所がある

悠々綴り迷言なんてブログ名を使っているので、たまには文章で勝負してみましょう。

それでは、本題です。

 

 

人にはそれぞれ長所がある

私の、たった十数年の人生の中で感じたことですが、一応間違ってはいないはず。

 

人は、だれしも長所を持っている。

 

皆さんも、一度はやってしまったことがあるはず。

一つ、又はいくつかの自分の長所の分野で、自分より劣っている人を見下したことが。

無い人は、仙人かなんかでしょう。

もちろん、私もあります。

 

しかし、その分野では私の足元にも及ばないその人も、また別の分野では、自分を遥かに凌駕しているかもしれない。

と言うより、絶対に、その人の方が上な分野は存在するはず。

絶対にです。

 

少し回りくどい話をしていますが、さらに回りくどくなります。

例をあげましょうか。

 

私には、勉強も運動も、私よりもできない友達がいます。

いや、正確には、私がそう決めつけていた友達がいると言いましょう。

しかし彼は、別に私の劣化版というわけではありません。

彼は思いやりが強く、とても友達思いな子でした。

私よりも。

 

それだけではありません。

「勉強は格下」というのは、私が勝手に決めつけていたことにすぎず、その勉強をさらに細かく見ていくと、私よりも彼の方が点数が良い教科・分野が見えてきます。

 

運動でもおなじです。

彼の方が得意なスポーツは、しっかりと存在していました。

 

 

それに気付けることで…

「彼は私より劣っている」

それは、私が勝手に決めつけていたことであって、真実ではなかった。

ただそれだけのこと。

 

しかしそれが、私の視野を狭めていたのです。

 

そういう決めつけは、彼が私より劣る部分だけを見つめることにつながり、彼の長所が見られなくなることや、自身に薄っぺらい自身を与えることにつながります。

優越感という名の薄っぺらい自身は、さらに自分の視野を狭めます。

 

悪循環というやつです。

この悪循環を止めるには、この世に完全なる劣化人間はいなくて、同時に全ての人間を完全に凌駕している人間なんていないということに、気付くことが大切です。

 

 

しかしそれは、逆のパターンでも言えること

彼は、私の劣化版ではない。

そういうことに気付いたとしても、また別の人に対して、誰しもが一度は思ったことがあるはず。

 

「あの人は、私が絶対に及ばない完全人間なんだ…」

 

完全なる劣等感。

絶望にも羨望にも似たあの感覚も、あなたの決めつけでしかありません。

 

探せばいくらでも見つかるはずです。

あの人よりもすごい、あなたにしかない長所が。

 

自身が劣化と決めつけることは、あなたの成長を鈍らし、停滞させます。

あなたの完全な上位互換となる人間なんて、絶対に存在しないのです。

 

 

つまり、最終的に言いたいことは…

とても回りくどい説明をしましたが、一番言いたい所はここです。

 

あなたは、才能の無い劣化人間ではない。

それと同時に、完璧な人間でもない。

それらを自身で勝手に決めつけることは、あなたの視野を狭めて、あなたの成長の枷となります。

 

結局、最終的に行き着く場所は、ここですね。

 

人にはそれぞれ、長所がある!

 

これらに気付けたあとで見る世界は、以前とは全く違うものです。

何処までも広がり、清々しい世界が見えます。

 

 

さて、ここまでどうでしたか?

私、まだ10代そこそこのガキではありますが、言っていることは、間違っていないはず。

 

これらが、私が十数年の人生で見つけた、一つの真理です。

もちろん、私の中の真理であって、世界の真理かどうかは分かりませんが。

 

ただ一つ言えることは、考え方ひとつで世界は変わること。

 

あなたが今見ている世界も、何か一つ、考え方を変えることで、180度変わって見えるかもしれませんよ?