「夏休みの宿題」は無くすべきなのか?

もうすぐ8月が終わりますね。

社会人にはあまり「区切り」という印象はありませんが、学生にとっては夏休みが終わる大きな区切りになります。

皆さんも子どもの頃、夏休みの最終日は宿題と格闘していたのではないでしょうか?

 

ということで今回の話題は、「夏休みの宿題」です

 

【使い古された話題ですが】

さて、なぜ今頃になってこんなに使い古された話題を挙げるのか。

其処かしこで書かれている話題なんて、文才の無い僕が書いても良作になるはずがありません。

 

では、なぜわざわざこんな話題を挙げたのか、

なぜなら、「夏休みの宿題」が無くなるかもしれないからです!

 

 

【というのは嘘ですが…】

もちろん、「夏休みの宿題」が無くなる可能性は、限りなく0に近いです。

学力低下が騒がれる現代で、宿題が無くなることは在り得ないでしょう。

 

というのも少し前にTwitterで、安倍さんが「夏休みの宿題を廃止する」と発言しているコラ画像が出回っていまして、

「夏休みの宿題」に対して、大きな関心が寄せられていたんですよね。

 

ということで今回は、夏休みの宿題の必要性について議論していきたいと思います!

 

 

【そもそも、「夏休みの宿題」の意義とは】

そもそもの話ですが、「夏休みの宿題」はなぜ出されるのか?

夏休みの終わりには、誰にでもなく何度も訊いたことでしょう。

 

もちろん学生たちを地獄の底に落とすためではなく、勉強内容の忘却を防ぐために「夏休みの宿題」は出されています。

ひと月以上も勉強しなければ、習った内容を忘れてしまうのは当たり前ですね。

 

しかし、この意義は本当に果たされているのでしょうか?

 

【どうせ皆忘れるんでしょ?】

「宿題は7月中に終わらすぞ!」といった内容をよく聞きますが、その計画を遂行できた人に、私は未だに会ったことがありません。

夏休みの宿題計画ほど完遂されない計画はない!

 

どうせ最終日になっても、残った多くの宿題を片付けているか、忘れた言い訳をひたすら考えているか…
とりあえず、宿題が終わっていないのは当たり前なんでしょう。

学生の夏休みには、宿題なんてやっている暇はありませんから。

 

第一、この計画が遂行されたとしても「夏休みの宿題」の意義は果たされません。

結局8月中は勉強しないんですから、

 

【じゃあ「夏休みの宿題」って、勉強に役立ってるの?】

では「夏休みの宿題」は、学力的に効果が無いのか?

結論を言いますと、かなり効果が薄いですね。

 

継続してコツコツなんて、ほとんどの人がしていません。

「夏休みの宿題」とは、かなり効率の悪い制度なのです。

 

 

【「夏休みの宿題」って要らないんじゃない?】

では、効率が悪い「夏休みの宿題」は無くすべきなのか?

答えはNOです。

 

誰でも一度は、経験したことがあるのではないでしょうか?

夏休みはもう終わりなのに、宿題が全然終わってない」なんていう絶望的な状況を、

頭を回し・手を動かし、状況を打開するために頑張った日を、

 

そう、私達は「夏休みの宿題」から、

「絶望へと立ち向かう経験」を得ることができるのです!

 

【絶望を知っている者は強い(と言われている)】

「失敗を知らない者は脆い」なんて話をよく聞きます。

失敗したことがない人は、一度の失敗でつまずきやすいものです。

 

つまり、学生のうちから「絶望へと立ち向かう経験」をすることで、将来絶望的な状況に対面しても立ち向かうことができるようになるのではないでしょうか?

 

…たぶん。

 

 

【では何が問題なのか】

結局「夏休みの宿題」を肯定する結果になりましたが、もちろん「夏休みの宿題」には数多の問題点があります。

 

【やはり効率が悪い】

先ほども挙げましたが、まず第一として効率が悪い。

 

いくら宿題を課したって、夏休み中にほとんどの人が学習内容を忘れます。

代案は…思い付きませんが、勉強に役立っていないのは間違いない。

 

【最近の子はチートも使う】

もう一つの問題点としては、最近の子はチートを駆使してくることです。

 

というのも、今は「宿題代行サービス」なるものが存在します。

「宿題をする時間を受験勉強に使う」と言ってしまえば聞こえは良いですが、どうせ受験勉強もそうやらないでしょう。

 

つまり現代っ子は、絶望を経験せずに宿題から逃げることができるのです。

 

もちろん、「宿題代行サービス」を使用する子はごく一部ですし、最近は政府も規制に乗り出しているようです。

 

しかし「夏休みの宿題」を取り巻く状況は、不穏な方向に変化を見せています。

Twitterの情報はデマでしたが、「夏休みの宿題」を見なおさなければならない時はすぐそこまで迫っているのかもしれません。

 

 

【まとめ】

さて、かなり久々の更新でしたがどうでしたか?

 

僕は「夏休みの宿題」は後回しにする派ですが、課題の処理速度には定評がある(?)ので、なんだかんだ終わりますね。

 

ということで、以上です。

『この世界で最も間違っているもの』は何なのか

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さて、今回は哲学的な話題です。

 

皆さん、よく『間違い』という言葉を使いますよね。

それらは、「問題の解が正解でない」時や、「道徳的に人道に背いている」時など、様々な時に使われます。

 

ただ、その『間違い』にも程度の差があり、『正解』とのグレーゾーンも広いです。

 

ということで今回は、『この世界で最も間違っているもの』が一体何なのかについて、考えていきたいと思います!

 

 

問題の『誤答』は間違いなのか

『間違い』と聞いて始めに思い浮かべるのは、やはり問題の「誤答」ではないでしょうか?

「誤答」は、問題に対する「正解」以外の解答のことを言います。

 

しかし、その「正解」の判定があやふやなのです。

 

問題に欠陥がある場合は、「正解」は『正解』でなくなり、「誤答」は『正解』になる可能性もあります。

さらに、現在の科学では「誤答」だと言われる解答も、未来では研究が進み、『正解』になるかもしれません。

 

 

さらに、テレビのクイズ番組についてはどうでしょうか?

 

問題に対しては「誤答」であったとしても、それが珍解答であれば、芸人としては『大正解』と言えるはずです。

 

つまり、「何に対して正解なのか」が曖昧であるため、それが「誤答」であっても、『間違い』と断言することはできないのです。

 

 

『殺人』は間違いなのか

「最も間違っているものは何か」と問われて、挙げられやすいのが『殺人』ではないでしょうか?

 

人の人生を、その人の許可なく勝手に終わらせる行為…

善行であるはずがありません!

 

ただその行為は、『完全な間違い』と言い切れるでしょうか?

 

確かに、傍目や被害者からすれば『間違い』には変わりがありませんが、加害者からすればどうでしょう?

 

「自身の欲求に素直に従った」だけという加害者も多いはずです。

 

二度目になりますが、『殺人』が善行であるはずがありません。

『殺人』は、いかなる理由があろうと、悪に違いありません。

 

しかし、「『間違い』であるか」と問われると、そうでもありません。

 

「自分を偽ることは、間違ったことだ!」なんて言葉をよく聞きます。

加害者たちは、「生まれ持った自身の性」に従ったに過ぎないのです。

 

それは、「思いやりのある優しい人」が困っている人を助ける行為と何ら変わりません。

「ありのままの自分」に従った、加害者にとっての『正解』なのです。

 

 

一般から見れば『間違い』でも、ある一人から見れば『正解』であるこの状況…

つまり、見る人によっては、それが『間違い』であるかどうかは変わってくるのです。

 

 

まとめ ~『間違い』という言葉が一番間違っている~

結局、『間違い』かどうかの判断は、その判断基準視点によって変わります。

つまり、『完全な間違い』と断定できるものは、この世界には存在しません。

 

言い換えるならば、

状態を断言してしまう『間違い』という言葉こそ、『この世界で最も間違っているもの』なのです!

 

…と、私は考えています。

 

あなたは、『この世界で最も間違っているもの』は、何だと思いますか?

 

以上です